東山 温泉
平安時代の延喜式神名帳には、温泉の神を祀る温泉神社等の社名が数社記載されている。江戸時代になると貝原益軒、後藤艮山、宇田川榕庵らにより温泉療法に関する著書や温泉図鑑といった案内図が刊行されるなどして、温泉は一般庶民にも親しまれるようになった。この時代は一般庶民が入浴する雑湯と幕吏、代官、藩主が入浴する殿様湯、かぎ湯が区別され、それぞれ「町人湯」「さむらい湯」などと呼ばれていた。各藩では湯役所を作り、湯奉行、湯別当などを置き、湯税を司った。
一概に温泉街といっても実に多種多様である。鉄筋の大型ホテルやリゾートホテルが建ち並ぶような温泉街から昔ながらの木造旅館が並ぶもの、昔ながらの湯治場など様々である。このような変化を及ぼす要因としては次のようなものが挙げられる。地形条件はその場所が、沿岸部、丘陵地、田園地帯、山野、河谷、急崖などによって温泉街の開発に制約が生じたり、また温泉街の構成に面的な変化が起こったりする
日本での都市型温泉の広がり近年では地域おこしの一環、観光客誘致のための温泉開発が全国的に行われ、また東京都内のような都市部でも温泉を売りにした温浴施設が開設、人気を集めている。欧州の温泉日本の温泉が入浴本位で発展したのに対し、欧州の温泉は飲用を主に、日光浴や空気浴を加えた保養地として発達した。現在でも、鉱泉水を飲んだり、決められた時間だけ湯につかり、シャワーを浴びながらマッサージを受けたりすることは医療行為として認められている。
つめてえ。たいへん気に入りました。日本の温泉日本は火山が多いために火山性の温泉が多く、温泉地にまつわる伝説、神話の類も非常に多い。また、発見の古い温泉ではその利用の歴史もかなり古くから文献に残されている。文献としては日本書紀、続日本紀、万葉集、拾遺集などに禊の神事や天皇の温泉行幸などで使用されたとして玉造温泉、有馬温泉、道後温泉、白浜温泉、秋保温泉などの名が残されている。